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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)1136号 判決

原告

塚本和吉

右訴訟代理人弁護士

大谷昌彦

中川徹也

嶋田貴文

被告

藤田カツ子

右訴訟代理人弁護士

天野耕一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、二〇九万円及びこれに対する昭和六二年一月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、「檀琢哉」の雅号を有する書家であるところ、別紙目録(一)及び(二)記載の書(以下「本件書」という。)を書し、昭和四七年四月二五日発行の出版物「動書」に本件書を複製のうえ掲載した。

2  被告は、昭和五五年、別紙目録(三)記載の、「佳扇」の文字が表示されている看板(以下「本件看板」という。)を注文して製作し、同年から同六一年までの間、その経営に係る東京都中央区銀座三丁目一四番一三号所在の和風料理店「佳扇」(以下「被告店舗」という。)に本件看板を設置して展示した。

3  被告の右本件看板の製作及び展示は、著作物である本件書の複製に当たるから、原告が本件書について有する複製権を侵害するものであり、かつ、本件看板には原告の氏名が表示されていないから、原告が本件書について有する氏名表示権を侵害するものである。

4  被告の右著作権侵害及び著作者人格権侵害の行為は、いずれも故意あるいは過失に基づくものである。

5  原告は、第三者に対し、本件書を題字等として複製し展示することを許諾し、その許諾料は、一つの題字について四字以内を一件とし、一年間について一件当たり、昭和五四年から同五六年までは六万円、同五七年は八万円、同五八年は一〇万円、同五九年からは二〇万円をそれぞれ下らない額であるところ、被告は、前記期間、「佳扇」の二字、すなわち、一件分を用いたのであるから、被告の著作権侵害行為により原告が通常受けるべき金銭の額に相当する額は、計数上、合計九〇万円となる。

6  原告は、被告の前記著作者人格権侵害行為により精神的苦痛を被ったものであるところ、前記侵害行為の態様及び期間等に照らすと、これを慰謝するに足りる金銭の額は、一〇〇万円を下らない。

7  原告は、本件訴えを提起、追行するため弁護士に訴訟委任をし、弁護士費用の支払を余儀なくされたが、そのうち、被告の本件不法行為と相当因果関係に立つ損害は、一九万円を下らない。

8  よって、原告は、被告に対し、著作権及び著作者人格権侵害の不法行為に基づく損害賠償として二〇九万円及びこれに対する不法行為の後である昭和六二年一月一日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

file_3.jpgfile_4.jpgfile_5.jpg二  請求の原因に対する答弁及び被告の主張

1(一)  請求の原因1は知らない。

(二)  同2のうち、被告が被告店舗に本件看板を設置していたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(三)  同3のうち、本件看板に原告の氏名が表示されていなかったことは認めるが、その余の事実は否認する。

(四)  同4は否認する。

(五)  同5のうち、原告の本件書の許諾料は知らない、その余の事実は否認する。

(六)  同6は否認する。

(七)  同7のうち、原告が本件訴えを提起、追行するため弁護士に訴訟委任をしたことは認めるが、その余の事実は知らない。

2  被告は、被告店舗の開店に先立って、店舗の内外装工事、店名の命名、看板の作成等の一切を訴外殖産土地相互株式会社に委ね、これらの完成後、被告店舗を開店したにすぎない。そして、被告は、同訴外会社がいかなる経緯で本件看板を作成したのかも知らない。したがって、被告は、本件書を複製していない。また、被告は、本件書は、著作物である「書」に該当しないものと考えるが、仮に、本件書が著作物であり、かつ、本件看板の設置が複製権の侵害になるとしても、右の本件看板設置の経緯に照らすと、複製権の侵害について被告には故意はもちろん過失もない。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一〈証拠〉によれば、請求の原因1の事実が認められる。

二請求の原因2の事実のうち、被告が被告店舗に本件看板を設置していたことは、当事者間に争いがない。ところで、〈証拠〉の結果によれば、(1)被告は、東京都内の料亭に勤めていた昭和五四年ころ、後に被告店舗となる空店舗を見付け、ここで小料理屋を開店したいと考え、右料亭の得意客であった訴外田井中に右小料理屋の開店について相談したところ、同人から、小料理屋の開店を応援する旨の快諾を得た、(2)被告は、右訴外人の申出を受けて、店名の命名、小料理屋の開店に必要な被告店舗の内外装の工事等一切を同人に委ねた、(3)その後、右工事は、右訴外人の関係する訴外殖産土地相互株式会社及びその下請業者によって行われ、また、店名も、右訴外人によって「佳扇」と命名され、更に、右工事が完了するまでには本件看板も作成されて被告店舗に設置された、(4)被告店舗は、同年九月ころ、その工事が完成し、本件看板と共に右訴外会社から被告に引渡され、開店の運びとなった、(5)その際、本件看板を初めて見て、そこに記載されている文字を初めて知った、以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。右認定の事実によれば、被告は、本件看板の製作には関与しておらず、既に製作され、被告店舗に設置された本件看板の引渡しを受けたにすぎないものであり、したがって、被告が本件書を複製したものと認めることはできない。

三してみると、被告による本件書の複製の事実を前提とする本訴請求は、その前提を欠くから、その余の点について判断するまでもなく、理由がないことに帰する。

四よって、原告の本訴請求は、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官清永利亮 裁判官小林正 裁判官若林辰繁)

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